雑記ブログ。あと自論。名前はまだない。

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飢餓と貧困の中にある豊かさ:映画『スタンリーのお弁当箱』

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 2009年制作の映画『きっと、うまくいく』の公開から世界からも注目されるようになったインド映画ですが、この2011年制作の『スタンリーのお弁当箱(原題:Stanley Ka Dabba)』は、インド映画といえば定番であるハズの歌と踊りが(ほとんど)ない映画として当時注目を浴びたみたいです。

 最近は歌と踊りがなくてもそんなに違和感を感じませんし、だからといって特に話題になることもないことから、今ではインドでも歌も踊りもない映画も広く受け入れられているのかもしれませんね。

 

 インタビューでアモール・グプテ監督はインドでも歌と踊りのない映画は沢山あるとはいっていましたが、今でもあくまで少数派としての話でしょうし、そういった意味では、歌と踊りのないインド映画がインド内でも広く一般に受け入れられるようになった先が気になった作品なのだと思います。

 

 

あらすじ

ムンバイカトリック系の学校に通う4年生のスタンリーは明るい性格でクラスの人気者だが、家庭の事情で弁当を持ってくることができないため、昼食の時間はクラスメートに隠れて水道水で空腹を紛らわせていた。そんなスタンリーを見かねたクラスメートたちは自分たちの弁当を少しずつスタンリーに分けてあげようとするが、何かにつけてスタンリーを目の敵にしている中年国語教師ヴァルマーに横取りされてしまう。実はヴァルマーは自身も弁当を持って来ておらず、いつも同僚や生徒たちに集っており、特に金持ちの息子であるアマン・メヘラの豪華な弁当を狙っていたのだが、その企みを見透かした生徒たちに出し抜かれたことから激怒、スタンリーに「弁当を持って来ない生徒は学校に来る資格などない」と叱りつけてしまう。ショックを受けたスタンリーは翌日から学校を休むようになる。しかし、クラスメートたちの支えもあり、スタンリーは「ある方法」で用意した自分の弁当を持って登校すると、ヴァルマーに弁当を見せて学校に来て良いか尋ねる。既に自分の大人げない行為を深く恥じていたヴァルマーは、スタンリーに謝罪の手紙を残して学校を辞める。

スタンリーはクラスメートたちに両親が仕事でデリーに行っているために弁当が用意できないのだと言っていたのだが、実は両親は交通事故で亡くなっており、意地悪な叔父の経営する食堂で下働きをさせられていた。その食堂の料理人が店の残り物でスタンリーの弁当を用意してくれたのである。スタンリーは豪華な弁当を「お母さんが早起きして作ってくれた」と言って嬉々として教師やクラスメートたちにも分ける。

スタンリーのお弁当箱 - Wikipedia

 

www.youtube.com

スタッフ

アモール・グプテ(監督・脚本・制作・国語教師ヴァルマー)

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Amole Gupte - Wikipedia

www.youtube.com

 

キャスト

パルソー・グプテ(スタンリー)

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Partho Gupte - Wikipedia

ディヴィヤ・ダッタ(英語教師ロージー

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Divya Dutta - Wikipedia

主な出演作:

ミルカ(字幕版)

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飢餓と貧困の中にある豊かさ:解説&感想

 ※以降の記事の内容にはネタバレを含みますのでご注意ください。

 

 と、上ではお決まりのようにネタバレの注意書きをしていますが、この映画に限っていえば、何かしらのネタバレ情報を見てから本編を観た方が良いように思えます。

 

 少なくとも、スタッフの項目で紹介しているグプテ親子のインタビューだけは観ておいた方が良いですね。

 

 というのも、私はこの映画をあらすじだけ読んでから観たのですが、それだと「アレ? ひょっとすると観る映画を間違えたのかな?」というぐらいのギャップを感じます。

 

 いや、大体あらすじ通りではあるんですけど…(^_^;)

 

 てか、もうあらすじに映画のストーリーの最初から最後まで書いちゃってるんですよね、この映画…σ(^◇^;)

 

 普通、映画のあらすじって、ストーリーの導入部か、良くて中盤までなんですが、まさか最後の最後まで書いてあるなんてね…

 まあ、ひょっとするとそこはWikipediaを参考にした私も悪いのかもしれませんが…(^^ゞ

 いや、でもだって… 公式HPはもう閉鎖されてたし…(´·ω·`)

 

 まあ、気を取り直して…

 確かに、スタンリー役のパルソー君の演技はとても素晴しいものです。

 ですが、この映画を観ている間ずっと私が感じていたのは、

 

「この映画は、一体どんな結末に向かっているのだろう?」

 

 ということでした。

 私には、どうにもこの映画のストーリーが、まとまりがなく散らかった印象を受けました。

 

 この映画は、歌と踊りがないインド映画という他に、もう一つ他の映画とは違う特殊な部分があります。それは、この映画がワークショップによって取られたという点です。

 学校のワークショップで、インドの抱える児童労働問題を題材にした映画を撮ろうというのがこの映画の大きなテーマで、そして映画が完成し公開されたという時点で、この映画の目的はそもそも達成しているのではないでしょうか。

 ワークショップで、学校を舞台にして、インドの飢餓と児童労働の問題を扱うというのがこの映画の出発点で、完成した時点で一旦ゴールしているのかもしれません。

 ストーリーが多少イビツに感じるのも、ワークショップの現場のライブ感を重視した為かもしれませんね。

 

 少なくとも、ここまで注目を受けるとは製作関係者の誰も思っていなかったでしょう。

 

 スタンリーが児童労働に従事しているという事実も、物語の最後にスタンリーがお弁当を持ってこない謎に対する答えとして扱われているだけで、物語の中でこの問題が解決することはありません。

 

 それどころか、登場人物のほとんどはその事実について知らないまま映画は終わります。

 

 もちろん、映画が終わった後も、スタンリーは児童労働に従事し続けます。

 ということは、この映画では児童労働を問題にしていながらも、究極的にいえばその撲滅を目指してはいないということになるのでしょう。

 

 児童労働に従事し、いつもお腹をすかせているスタンリーという少年の持つ豊かな精神性とその才能を描くことによって、子供を大人にとって都合の良い単純な労働力として扱うべきではない。子供の未来は、その子供自身のものだというメッセージを、未だに飢餓と児童労働の問題を抱えているインド社会に対して投げかけた。それがこの映画の趣旨なんだと思います。

 

 そう改めて考えると、この大役を見事に演じきったパルソー君はやっぱりスゴイですね。(^^)

 

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