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100分de名著 ラッセル“幸福論” 第3回「バランスこそ幸福の条件」

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第3回 バランスこそ幸福の条件

人は何かにつけ一方向に偏りがち。それが幸福になることを妨げているというラッセルは、絶妙なバランスのとり方を提案する。たとえば「努力とあきらめ」。避けられない不幸に時間と感情をつぎこんでも意味はない。潔くあきらめ、その力を可能なことに振り向けることで人生はよりよく進むという。また、趣味などの「二次的な興味」を豊かにしておくと、もっと真剣な関心事がもたらす緊張をときほぐす絶好のバランサーになるという。第三回は、極端に走りがちな人間の傾向性にブレーキをかける、ラッセル流のバランス感覚を学んでいく。

名著70 「幸福論」:100分 de 名著

 

  第3回からは、ラッセルの考える幸福について詳しく説明していくみたいですね。

 それにしても、幸福について語るのは、不幸について語るよりはるかに難しいと、今回の放送を見て改めて感じましたね。(^^ゞ

 

 私たちは、不幸についてはすでに十分な知識と経験を持っています。

 しかしこれが幸福となると、ほとんど知識も経験もないという方も中にはいらっしゃるのではないでしょうか?( ̄∇ ̄)

 例えば、リンゴ味といえばリンゴを食べた人であれば誰でも味の想像ができますが、しかしリンゴを食べたことのない人にリンゴ味を説明するのは非常に難しいです。

 

 少なくとも私には無理ですね。(^_^;)

 

 同じように不幸の実の味を人に説明するのは比較簡単ですが、では幸福の果実の味はというと、やっぱり説明が難しい。

 結局、食べてみないとわからないという話になっちゃいますよね。

 それにリンゴ味リンゴの味とはまた違いますからね。ややこしいです。(・ω・)

 

 番組では、本の中でラッセルがバランスについて説明するのに、食事を例に取り上げていましたが、確かに義務的に食事をしている病人や、美味しいものを食べ過ぎて病気になってしまった大食漢や美食家は不幸かもしれません。…が、食への関心を持ち続けながら、節度を守った食生活を送ることが人間の幸福ではありませんよね?(^_^)

 それどころか、美味しいものをお腹いっぱい食べている大食漢や美食家の方が、短期的な目で見れば幸せであるようにすら感じます。

 

 どうやらラッセルは、人間の幸福とは一時的なもの、一過性のものではなく、持続可能なものだと考えていたようです。

 ですが、この考え方は現代人にとっては地味に感じてしまうかもしれませんね。

 良いかどうかは別として、現在人というのは快楽主義的な傾向を多分に持っていて、

「幸福とは、すなわちどれだけの快楽を消費したかだ。」

 と考えている人が多いように感じます。

 つまり、多くの幸福感を味わうことが、幸福の条件だという考え方ですね。

 

 では幸福とは、はたして本当に幸福感の総量の問題なのか?

 

 という疑問が鎌首をもたげてくるワケですが、少なくともラッセルはこの問に対して「違う」と答えているのでしょうね。

 

 リンゴの味リンゴ味は違う。みたいな?σ(^◇^;)

 

 幸福になりたいというのは簡単です。誰もが思っているし、誰でも言っています。

 ですが、「幸福とは何か?」と訊ねられた時、ハッキリと「これが自分の幸福だ」と誰もが答えられるものではないと思います。

 人が幸福になりたいという時、自分にとっての幸福とは何なのかを、まずはしっかりと考えなければならない。

 そうでなければ、幸福幸福感に簡単に取って代わられてしまう。

 とすれば、そもそも人間にとっては幸福とは人間に対してバランスを生み出すものなのかもしれませんね。

 

 ということで、今週はこの辺で。(^_^)/

 

ラッセル『幸福論』 2017年11月 (100分 de 名著)

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スタニスワフ・レム『ソラリス』 2017年12月 (100分 de 名著)

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