雑記ブログ。あと自論。名前はまだない。

気がついたら論語を読んだ感想がメインのブログになってしまいました。そのうち何とかします。後、下らない小話的自作小説も書いていますのでお時間があれば是非!

論語 八佾第三8『子夏問曰、巧笑倩兮(巧笑倩たり)』

原文:

子夏問曰、巧笑倩兮、美目盼兮、素以爲絢兮、何謂也、子曰、繪事後素、曰禮後乎、子曰、起予者商也、始可與言詩已矣、

読下し文:

子夏問うて曰わく、巧笑倩(せん)たり、美目盼(はん)たり、素以て絢を為すとは、何の謂いぞや。子の曰わく、絵事は素を後にす。曰わく、礼は後か。子の曰わく、予(わ)れを起こす者は商なり。始めて与(とも)に詩を言うべきのみ。

現代語訳:

子夏が先生に尋ねました。「詩経に『笑えば口元のえくぼが可愛らしい。目元はパッチリと美しく、その上白粉でお化粧をしてなんとも麗しい』という詩がありますが、どういう意味でしょうか。

先生はおっしゃいました。「絵の場合なら、色彩を施した後に、胡粉で仕上げるようなものだろうね。」

子夏は言いました。「すると礼は人の仕上げにあたるのでしょうか。」

先生はおっしゃいました。「商よ、君には私も教えられる。それでこそ一緒に詩の話ができるというものだよ。」

 

 朝に学校や会社で人と会ったら、「おはようございます」と言いますね。挨拶はまさに礼儀の基礎だと言えると思います。

 でも、本来人間関係を円滑にするはずの挨拶ですが、やり方次第では逆効果になる場合もありますね。

 明るくハキハキした声で「おはようございます!」と言われれば、誰でも気持ちが良いもので、挨拶した人に良い印象を持つでしょう。

 でも、暗い顔して、いかにも嫌々に「おはようございます」と言われても、それでいわれた方がその相手に良い印象を持つということは恐らくないですよね。

 礼儀作法とは、社会の決まりという以上に、敬意の表し方という側面が大きいように思います。

 つまりは仁ですね。

 仁があって、はじめて礼が意味をもつ。礼があっても仁がなければ、それは単なる形式的なもの。あるいはただのへつらいの態度でしかならないというわけです。

 ちなみに、美人でなければ化粧をしてもしょうがないという話では全くないので、あしからず。

 

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