雑記ブログ。あと自論。名前はまだない。

気がついたら論語を読んだ感想がメインのブログになってしまいました。そのうち何とかします。後、下らない小話的自作小説も書いていますのでお時間があれば是非!

SS小説「忍びの里の新年会」

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  宴会がはじまって早2時間が経ち、参加者全員にほどよくお酒が回っていた。宴会場の上席の方では、年配の参加者数人が、往年のヒットソングを歌い回して盛り上がっている。

 毎年恒例である、この伊賀流忍びの里の新年会は、今年もすっかり宴もたけなわとなっていた。

「それでは、私はそろそろ……」

「あれ!? 貴音ちゃん、もう帰っちゃうの?」

 隣りに座っていた森田は、大袈裟に名残惜しいといった顔をしてみせる。

「すみません。私も久し振りの帰郷なので、いろいろと行きたい場所があるんです。」

「そうか~……まあ、そうだよね。この後も予定とか、色々あるよね?」

「はい……」

 と、貴音は今までのビジネスの経験で身に付けた、努めてすまなそうな顔で森田にほほ笑みかけた。

 貴音の言ったことは半分は本当で、半分はウソだった。五年ぶりの帰郷なので、久し振りに現在の里の様子を見て回りたいという気持ちはある。だが、別にこれといって誰かとの約束があるわけや、特別予定があるわけではない。ただ、この里の年配のおじさんばかりが集まった会で、ずっと武勇伝を聞かされ続けるのにもいい加減疲れたというのが本音だ。

 そもそも、貴音の父親がギックリ腰など起こさず、いつもどおり出席できてさえいれば、今年たまたま帰郷しただけの貴音が、会に出席しなければならないなんてことはなかったのだ。

「それではまた」

 と、貴音は会釈をして、自分のお膳の前から立ち上がろうとする。

 ……だが、

「うぁぅっ!?」

 と、貴音はふくらはぎに走った強い痺れに、再び座布団の上にバタリと座り込んでしまう。

「ワハハッ、ずっと正座なんてしているからだよ。だから崩して良いって言ったんだよ。そんなかしこまるような席じゃないんだからさ。」

 と笑って、森田さんはおちょこについだ日本酒を一気に飲み干す。

「アハハハ……、そうですね~……」

 貴音はパンスト越しに、しびれた自分のふくらはぎを揉みほぐしながら言った。

 まさか、こんな醜態をさらしてしまうとは……。

 貴音は、気恥ずかしい気持ちになりながら足の血行を整える。幸い感覚はすぐに元に戻り、改めて貴音が再び立ち上がろうとする。

 と、そこに……。

「おう貴音ちゃん、久し振り。楽しんでる?」

 と、親戚の伊賀崎のおじさんが、持参したものなのか一升瓶を携えて現われた。

 伊賀崎は真っ赤顔をして陽気に笑う。そして、貴音と森田の間に割り込んでドカッと座り込んだ。

「それにしても百地さんは災難だっね。またぎっくり腰なんだって?」

「は、はい……。あの……、おじさん、ひょっとしてかなり酔ってます?」

「酔ってない酔ってない。まだまだ飲むよ。まだまだこれからだよ。」

 と伊賀崎は真っ赤な顔でニカッと笑った。

「百地さんもドジだね~。そろそろ自分の歳のことを考えなきゃ」

 と言いながら伊賀先は、貴音のお膳の上の、まだ使っていないビール用のコップをひっくり返して、その中に一升瓶のなかの日本酒をコップの中いっぱいに並々と注ぐ。

「ちょっと、お、おじさん!?」

「なんだよ? 貴音ちゃんも、イケない口じゃないんでしょ? お父さんがあれだけ飲むんだから」
 と言って、伊賀崎は満面の笑みを浮かべる。

 これは困ったことになった。

 と、貴音は作り笑いを浮かべながら、内心ではどうしたものかと弱り果てた。貴音は、この伊賀崎の強引で、無遠慮で、不作法な態度が、昔からどうにも苦手なのだ。

「伊賀崎さん、貴音ちゃんはこの後用事があるんだから、あんまり引き留めちゃ悪いよ?」

 ナイス。さすが森田さんはその辺をよくわきまえている。

「で、貴音ちゃんは今何をしてるの? 東京で働いているんでしょ?」

 が、伊賀先の耳には全く届いていなかった。

「は、はい、今は商社で秘書の仕事をしています。」

 貴音は、内心ため息を吐きながら伊賀崎の質問に答えた。

 と、「なるほど!」とそれを聞いた伊賀崎は、なぜか突然、自分の膝を打った。

「産業スパイか!」

「ち、違います! 普通に働いているんです!」

 はあぁ~、全くなんでこの里の人たちはいちいち人の話を物騒なものにしたがるんだろうか?

「いや~、ちゃんと働いているなんて、貴音ちゃんは立派だよ。」

 そしてやっぱり人の話は聞いていない。一人でうんうん頷いて勝手に納得している。

「それに比べてうちの息子はといえば、未だに『弱きを助け、悪を懲らす正義の忍者になるんだ』なんて、いつまで経っても子供のままで、未だにちゃんとした契約先も見つけられずに、アルバイト生活さ。」

 伊賀崎は大袈裟にため息をついてみせる。

「どう、貴音ちゃん? うちの息子に何か仕事を紹介してやってくれないかな? 東京で秘書やってるなら、それなりに顔も広いだろう?」

「ですから、忍者の仕事はやってないんです!」

「おい、伊賀崎! その辺にしとけ! 貴音ちゃんが困ってるじゃないか!」

 と今度は、見るからに正義感の強そうなおじさんが現れる。

「滝野さんか。今大事な話の最中なんだ。ちょっと話なら後にしてくれ。」

 普段であればただ煙たいだけの、この滝野の態度も、今という状況では頼もしい。

 と、滝野はやれやれとでも言いたげに、大きなため息を吐く。

「伊賀崎、貴音ちゃんに自分の息子を売り込んだってどうにもならねんだよ。伊賀流の免許皆伝が今のご時世に何の役に立つ? 忍法なんて技能、もう古くさいんだよ。」

 あれ? 話がいきなりあらぬ方向に……。

 しかも、今日このような席では絶対に口に出してはいけない類の話題だ。

 滝野もずいぶんとお酒が入っている。

 貴音はもう、嫌な予感しかしなかった。

「滝野さん、それはちょっと聞き捨てならねえな。」

 伊賀崎はスクッ立ち上がると、フラフラと滝野に近づいていき、その胸ぐらを掴む。

 案の定の展開だ。

「ちょっと二人とも、やめなって。目出度い席なんだからさ。」

 森田も慌てて止めようとするが、二人の耳にはまったく届いていない。

 しかも森田以外は、二人を止めるどころか「いいぞー」「もっとやれー」というような、無責任なヤジまで飛ばす始末。

 カラオケはカラオケで相変わらず勝手に盛り上がっている。

「時代はすごいスピードで変化しているんだ。今はITの時代なんだよ。俺なんてな、この前孫に水遁の術を教えようとしたら、そんなのはもう時代遅れだってわらわれたんだぞ。現代のスパイの主戦場はインターネット上で、もう古くさい忍者の出る幕なんてないって言われだんだぞ。」

 なんて物騒なことをいうお孫さんなんだ。と貴音は思った。

 いや、忍者の里としてはその子の成長は喜ばしいことなのかもしれない。でもなんだか、う~ん……難しいところだ。

「これからは忍者学校でも、もっとITと英会話に力を入れるべきだ。グローバルに活躍できる人材を育てないとダメなんだよ。」

「バカかお前は! そんなもん今時、どこの小学校でもやっとるわ!」

 ……確かに、言われてみればそれもそうだ。

「第一お前は、インターネットの情報が世の中のの全てだとでも思ってるのか!? 堅物みたいな顔していつも流行に踊らされやがって! そんなことだから孫にまでバカにされるんだよ!」

「なんだと!? もう一回言ってみろ!」

「ああ、何度でも言ってやる!」

(ああ、一体なんでこんなことになってしまったのか。)

 自分の目の前で押し合いへし合いする二人の初老のおじさんを眺めながら貴音は思った。

 ……まさかひょっとして、この私が悪いんだろうか?

 と、伊賀崎は、つかみ合いの勢いあまって貴音のお膳をかかとで蹴り上げる。

「ああぁっ」と声を上げる森田。

 お膳は空中で放物線を描き、そしてひっくり返った状態ですべて貴音を頭の上に落ちてきた。

「あ」「やべぇ」

 二人はすでに喧嘩を止めて、そろって決まりの悪そうな顔をしていた。

「た、貴音ちゃん? だ……大丈夫?」

 慌てる森田を横に、貴音は同じように座ったまま、ハンカチを取り出して自分の髪の先から滴れ落ちる醤油やおひたしの汁やさっき伊賀崎が注いだお酒なんかを拭く。

 そして言った。

「私、この辺でドロンさせて頂きます。」