雑記ブログ。あと自論。名前はまだない。

気がついたら論語を読んだ感想がメインのブログになってしまいました。そのうち何とかします。後、下らない小話的自作小説も書いていますのでお時間があれば是非!

論語 為政第二9『子曰、吾与回言終日(吾れ回と言うこと終日)』

原文:

子曰、吾与回言終日、不違如愚、退而省其私、亦足以発、回也不愚、

読下し文:

子の曰わく、吾れ回と言うこと終日、違わざること愚なるが如し。退きて其の私を省れば、亦以って発(あき)らかにするに足れり。回は愚ならず。

現代語訳:

先生はおっしゃいました。「顔回は私と一日中話をしていても、私の意見に異論や反論を唱えることもなく、まるで愚か者のようだ。しかし彼の日頃の行いを見てみると、それとは裏腹に彼に教えられることはとても多い。顔回は決して愚か者ではない。」

 

顔回

 魯の人。孔門十哲の一人で、随一の秀才。孔子にその将来を嘱望されたが、孔子に先立って没した。顏回は名誉栄達を求めず、ひたすら孔子の教えを理解し実践することを求めた。その暮らしぶりは極めて質素であったという。このことから老荘思想発生の一源流とみなす説もある。
論語』には顔回への賛辞がいくつか見られる。たとえば孔子が「顔回ほど学を好む者を聞いたことがない」(雍也第六、先進第十一)や同門の秀才子貢が、「私は一を聞いて二を知る者、顔回は一を聞きて十を知る者」(公冶長第五)、と述べたことが記載されている。顔回孔子から後継者として見なされていた。それだけに早世した時の孔子の落胆は激しく、孔子は「ああ、天われをほろぼせり」(先進第十一)と慨嘆した。

顔回 - Wikipedia

 

 

 ということで、ついに孔子の弟子随一の秀才である顔回の登場です。

 孔子が自分の後継者としてもっとも期待したのがこの顔回だったわけですが、この早熟の天才は、早くしてこの世を去ってしまうんですね。

 顔回が死んだ時の孔子の落胆は、言葉では言い表せないものだったと思います。

 ただ、歴史を見回してみると、優秀な人間ほど早く死んでしまうという事が良くあるように思います。

 将来を嘱望された人間ほど早くこの世を去ってしまう。なんだか理不尽なことようにも感じますが、ひょっとすると人間には一人一人生まれてきた意味のようなものがあって、それを果たすということがその人の寿命なのかもしれません。

 ちょっとスピリチュアルな内容でしたね。スミマセン。

 

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現代訳論語