読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

雑記ブログ。あと自論。名前はまだない。

失業保険でなんとか暮らしているブログ主が、日々思ったこと感じたことを書いていきます。目標は毎日更新をです。

論語『子曰、君子食無求飽…』

論語

原文:

子曰、君子食無求飽、無求安、敏於事慎於言、就有道而正焉、可謂好学也已矣、

読下し文:

子の曰わく、君子は食飽かんことを求むること無く、居安らかんことを求むること無し。事に敏にして言に慎み、有道に就きて正す。学を好むと謂うべきのみ。

現代語訳:

先生はおっしゃいました。「君子というものは、ごちそうをたらふく食べることを求めず、居心地のいい家に住むことも求めない。仕事に良くつとめて、言動を慎重にし、しかもなお徳の高い人から教えを受けて、自分自身を正していくようであれば、学問好きだと言えるだろうね」

 

 100分de名著の三木清“人生論ノート” 第1回「真の幸福とは何か」を観ていたら、哲学者の岸見 一郎さんが、「幸福とはなにか」を親の介護に例えて説明が印象的だったので、ちょっと紹介させて頂きます。(^_^)

 

 例えば、介護の話をしますが自分を犠牲にして親をみる事が、徳であり、それを全うしたから、人は幸福になれるのではなくて、自分が幸福であればこそ、献身的な介護ができると考えた方がよくわかるんですよね。

 

 自分が幸せでなければ、人に優しくすることすらできない。

 

www.nhk.or.jp

 

 これは道徳について勉強していると本当によくある間違いですね。(^_^;)

 実際は、

 「幸福なる」→「道徳的になる」

 という順序が本当なんですが、やっぱり、

 「道徳的になる」→「幸福なる」

 という順序で考えた方が、実際に何を実行したらいいのかわかり易いから、あんまりよく考えずにそう思っちゃうんでしょうね。( ̄∇ ̄)

 じゃないと、道徳なんてものを勉強するモチベーションがね、多分上がらないんでしょうね…(・ω・)

 

 人間が幸福になる唯一の方法は、「今、自分は幸せなんだ」と思うこと。「自分が今持っているものに満足すること」これに尽きますね。(・∀・)

 こんなことをいうと「仏教的な厭世観だ」とか「消極的だ」なんていわれますが、実際、人間が幸福になる方法はこれしかありません。( ̄∇ ̄)

 そして、なんで人間が「幸せ」になれないかハッキリといってしまえば、それはもうズバリ、「悔しい」からです。

 認められていない自分、馬鹿にされた自分を肯定し、「自分は幸せだ」と思うことに、人間はどうしても抵抗を感じる。どうしても悔しさが残ってしまう。この「自分は幸せだ」と思う心に反発する、自分の心にまとわりつく陰鬱とした過去のために、人は幸せになれない。

 つまり、「今の自分を幸福だというのは、自分のプライドが許さない」ってことなんですよね。

 自分が幸せになるために、まずは大嫌いなあいつを見返したい。自分をバカにした世間を見返したい。自分のことを肯定できる「材料」がほしい。自分の存在を肯定できるだけの「成功」がほしい。

 「成功≠幸福」という話が番組で出てきましたが、それでも人間は、自分自身を肯定できる「成功」という結果があれば「幸福」になれると信じて頑張ってしまうわけですね。

 

 人間が幸福になる方法は、自分は幸福な人間だと信じること。これに尽きます。

 

 でも、「自分は幸福な人間だと信じること」ができた人間は、それだけですでにもう偉大な「成功者」なんですよね~…(´д`)

 

 自分の価値を、なんの根拠がなくても信じることができる。

 

 ひょっとしたら、世の中にこれ以上難しい難事業はないのかもしれませんね。(^_^;)

 

論語に関連する商品:

論語 (岩波文庫 青202-1)

論語 (岩波文庫 青202-1)

 
百人一首式論語カルタ 解説書

百人一首式論語カルタ 解説書