雑記ブログ。あと自論。名前はまだない。

失業保険でなんとか暮らしているブログ主が、日々思ったこと感じたことを書いていきます。自作小説なんかも載せてます。

今日で東日本大震災から6年が経ちました。

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mainichi.jp

 nakaticoは昔趣味で小説を書いていました。

 まあ、とても人様にお見せできるような出来ではないんですけどね。(^^ゞ

 でも、また時間があったら書いてみたいと思います。(^_^)

 

  ところで、「小説の登場人物は作者を超えることはない」とはよく言いますが、nakaticoはそうは思いません。ずっと小説を書いていると、ある時ふと登場人物が作者の思想を超えている時がある。nakaticoはそれが好きで小説を書いていましたし、また書きたいと思う理由でもあります。

 

「何もかも失っても、全てを失うことなんてできはしない」

 

 nakaticoが昔書いていた小説のクライマックスで主人公が言っていた言葉ですが、nakaticoが人生に行き詰まると(いや、実はよく行き詰まっているんですが……(^^ゞ)、今でもよく思い出す言葉です。

 

 昔観たテレビで、別の震災での話かもしれませんが、お坊さんがこんな思い出話をしていました。

 ※うろ覚えなので、実際の話と少し違っているかもしれません。

 

 そのお坊さんは、今時珍しくまだ托鉢をされているらしく、震災直後にも同じように托鉢に出かけられたそうです。

 お坊さんは、いつものように近所の家々を托鉢して回っていたそうですが、しかしある家の前では後込みをしてしまいます。

 その家は、夫とも子供達も震災で亡くなってしまい、たった一人残された女性が今は一人で住んでいました。

 お坊さんは、その女性から本当に托鉢して良いのだろうか? と悩みます。でも、「他の家からは托鉢して、この一件だけは素通りするというのも失礼なんじゃないのか。煩悩を捨てるのが仏教じゃないか、貰える物が何もないならそれでいい。とにかく声だけは掛けていこう」と思って戸を叩いたそうです。

 と、現在は一人暮らしをしているその女性は出てきて、配給のお弁当の中で一番いいオカズだったエビフライをお坊さんにくれたのだそうです。

 そのお坊さんは、ずっと悪いことをしたんじゃないかと思い悩んでいたそうです、ですがしばらく時が経ってから、お坊さんはその女性から声を掛けられ、「あの時はありがとうございました」と感謝されたのだといいます。

 何故か。その女性は、あの時の自分は家族を失って、「自分は全部失ってしまった。もう生きていていても何の愉しみもない。生きている意味もない」とこのまま死んで家族の元に行こうかとも考えていたそうです。

 でも、お坊さんが托鉢に来て、その女性ははたと気づいたそうです。

 

 自分にはまだ人に与えられるものがある。

 そう、今手に持っている配給の弁当があるじゃないかと。

 

 女性は、「もしあの時、お坊さんが托鉢に来てくれなかったら、もう自分はこの世にいないかもしれない。でもお坊さんのおかげで、自分は全部を失ったわけではないことに気がついた。だから生きていけるのだと」

 

 去年は熊本と大分でも大震災がありました。もともと天変地異の多い国です。仮設住宅などで避難生活を続けている方も多いかと思います。

 

 そして、こんな事も書いているnakatico自身も無職です。(・ω・)

 

 でも、思いやりや助け合いの精神こそが、人間が生きるための本当の勇気や希望になって、人を支える力になる。

 

 このエピソードからは、そんな力強いメッセージを今も色褪せることなく感じることができます。

 

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